最高裁判所第一小法廷 昭和37年(オ)203号 判決 1963年11月28日
上告人 山田新一(仮名)
被上告人 検事総長 清原邦一
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人木島次朗の上告理由第一点について。
論旨は、本件協議離婚の届出は、離婚当事者の承諾なくして訴外山田修一によりなされたものであると主張するが、右届出が離婚当事者である上告人及びその妻山田正子の意思に基づいてなされたものであつて、正子の継父山田修一が当事者の承諾なく壇になしたものでない旨の原審の事実認定は、挙示の証拠により首肯できる。所論は、証拠の取捨判断、事実認定に関する原審の専権行使を非難するにすぎないものであるから、採用できない。
同第二点乃至第四点について。
原判決によれは、上告人及びその妻正子は判示方便のため離婚の届出をしたが、右は両者が法律上の婚姻関係を解消する意思の合致に基づいてなしたものであり、このような場合、両者の間に離婚の意思がないとは言い得ないから、本件協議離婚を所論理由を以つて無効となすべからざることは当然である。これと同一の結論に達した原判決の判断は正当であり、その判断の過程に所論違法のかどあるを見出し得ない(所論違憲の主張は実質は単なる違法をいうに過ぎない)。所論は、原判決に副わない事実関係を想定するか或は原判決を正解しないで、これを攻撃するものであつて、採るを得ない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 長部謹吾 裁判官 入江俊郎 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 斎藤朔郎)
上告代理人木島次朗の上告理由
第一点省略
第二点原判決には条理に反し理由齟齬の違法がある。
原判決は其理由のなかで控訴人及び妻正子は右離婚届出によつて事実上の婚姻関係を解消する意思は全くなく単に戸主権を正子から控訴人に移すための方便として離婚の届出をなしたものというべきであるが事実上の婚姻関係丈では法律上の婚姻といえないことから明かなように事実上の婚姻関係を維持しつつ法律上の婚姻関係を解消することはもとより可能であつて、たとえ方便としてであつても控訴人や正子がその意思に基いて法律上の婚姻関係を解消することを欲した以上離婚の意思なしということはできないというのであるが民法第七三九条には婚姻は戸籍法の定める所によりこれを届出ることによつてその効力を生ずるとあつて、婚姻の届出にはその前提として両性の自由なる合意による婚姻事実が存在せねばならない両性の合意即ち婚姻の意思がないのに形式上戸籍法に定めた手続による婚姻届出があつたとしても其婚姻は当然無効であるように離婚も又協議離婚の場合は当事者の離婚合意に因る届出によつてのみ其効力を生ずるものと解すべきである。
然るに原判決は上告人と妻正子との昭和二一年七月一日の協議離婚届出は上告人に戸籍簿上戸主の地位を取得させる方便として為されたものであることを認め乍ら真実離婚の意思なくとも法律上婚姻関係を解消することは可能であるとして本件を協議離婚届出を有効であるとなし、上告人の主張を採用し得ないと判断したのは条理に反し日本国憲法第二四条民法第七三九条第七六二条の解釈を誤り且つ理由齟語の違法がある。
第三点原判決は法令違反理由齟齬の違法がある。
原判決は其理由中に事実上の婚姻関係丈けでは法律上の婚姻といえないことから明らかなように事実上の婚姻関係を維持しつつ法律上の婚姻関係を解消することはもとより可能であつてと判示している。
当事者が依然同せいし経済生活、性生活を維持しつつ離婚意思のないのに何等かの方便として法律上の婚姻関係丈を解消することを申合せ協議離婚の届出をすることは勿論可能であるけれ共、それが法律上有効な法律行為であるということにはならない。斯る協議離婚の届出は離婚の意思のない届出として婚姻並に離婚に関する民法第七三九条第七六二条に違背する無効の届出であるから、離婚の効力を生じないし又民法第九四条により相手方と通じて為したる虚偽の意思表示として無効の届出といわねばならない。
然るに原判決は全く此点について充分な審理をつくさず何等の判断もしていないのは法令に違背し且つ審理不尽、判断遺脱、理由齟誤の違法がある。
第四点原判決は判断遺脱、理由不備の違法がある。
仮りに原判決でいうように何等かの方便として為された離婚の意思なくして協議離婚の届出を為し法律上の婚姻関係を解消することが可能であり、且つ一応形式的効力を発生せしめ得るとしても本件の如く上告人と妻正子とが相通謀して上告人に戸籍簿上戸主としての地位を与える方便として為したる虚偽(離婚の意思なくして)の協議離婚届出により戸籍簿上協議離婚したものとしての記載がなされ其為上告人が長男実の戦死に因り当然受く可き遺族扶助料の支給をうける権利を喪失するに至るものであるから右虚偽の協議離婚届出の無効の確認を求める権利を有するものと謂はねばならない。
然るに原判決は此点についての何等の審理判断を為さず上告人の主張を排斥したことは審理不尽、判断遺脱、理由不備等の違法がある。